2012年4月22日日曜日

微生物由来脱窒遺伝子群の発現調節に関する研究


微生物由来脱窒遺伝子群の発現調節に関する研究

新井博之(東京大学大学院農学生命科学研究科)

 

 脱窒とは水溶性の硝酸態窒素がガス状の化合物として大気中に放出される現象を指す。硝酸(NO3-)から分子状窒素(N2)への完全脱窒は細菌に限られた能力であり、亜硝酸(NO2-)、一酸化窒素(NO)、亜酸化窒素(N2O)を経由する4段階の反応からなる。それぞれの反応は硝酸還元酵素(NAR)、亜硝酸還元酵素(NIR)、一酸化窒素還元酵素(NOR)、亜酸化窒素還元酵素(N2OR)によって触媒されている。これらの反応は、窒素固定反応によって大気中から取り込まれた結合型窒素を、分子状窒素として大気中に戻す唯一の生物反応として、地球上の窒素循環に対して重要な役割を担っている。環境中において、多くの生物にとって利用可能な硝酸やアンモニアなどの結合型窒素の総量は、窒素固定と脱窒のバランスによって決まる。近年ではハーバー法による化学的窒素固定によって合成された大量の窒素化合物が環境中に放出されて富栄養化が問題となっており、環境浄化への応用面で、脱窒の重要性はますます増してきている。また、微生物にとっての脱窒の生理的な役割は、酸素の代わりに窒素酸化物を最終電子受容体とする嫌気呼吸により、生育に必要なエネルギーを生産す ることにある。この呼吸系は好気呼吸の進化的起源と考えられており、酵素の反応機構や電子伝達系の構成など、基礎的な面でも興味深い研究対象である。

 Pseudomonas aeruginosaは、完全脱窒を行うために必要な4種の還元酵素をすべて持つ細菌の一つとして、古くから研究の対象となってきた。さらに、脱窒菌としては初めて全ゲノム配列が報告され、脱窒酵素遺伝子の全構造と位置関係が明らかとなった(図1)。本研究では、脱窒において中心的役割を果たすNIRNORの遺伝子群を主な研究対象とし、その構造と発現調節に関して解析を行った。

図1 P. aeruginosa PAO1ゲノム上の脱窒関連遺伝子の配置

 

 

1.nir-nor遺伝子群

 P. aeruginosaの染色体DNAからNIRNORの遺伝子を含む領域をクローニングし、その解析を行ったところ、酵素の構造遺伝子とともに、転写調節、電子伝達、cofactorの生合成、酵素の活性化などに必要な、19個の脱窒関連遺伝子が約16-kbのクラスターを構成していた(図2)。

 


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図2 P. aeruginosaの脱窒遺伝子群の構造

 
 

 

 亜硝酸からNOへの還元を触媒するNIRはペリプラズム酵素で、cytochrome cd1タイプと銅含有タイプの2種類が知られている。P. aeruginosaNIR (NirS)は前者のタイプで、nirS遺伝子にコードされている。NirScofactorとしてheme cheme d1を持つ。heme d1NirSに特異的な因子で、その生合成に必要な遺伝子(nirFDLGHJE)nirSとオペロンを構成していた。NirSへの電子供与体として働くcytochrome c-551の遺伝子nirMも、このオペロン中に存在した。

 細菌のNORは膜結合型酵素で、一般的にはcytochrome bサブユニットとcytochrome cサブユニットからなるcytochrome bc複合体であり、ccytochromeを電子供与体とする。Ralstonia eutrophaなどでは、2つのサブユニットが融合してheme cが欠如したタイプのものも見つかっており、このタイプの酵素はquinolを電子供与体とする。カビのNORcytochrome P450で、細菌由来の酵素とは全く異なるタイプのものである。P. aeruginosaNORbc complex型で、その構造遺伝子norCBは、nirQオペロンをはさんでnirSオペロンの上流に存在した。

 

2.NirQNIR-NOR活性共役


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 NIRNORの構造遺伝子の間にあるnirQと、norCBの下流にあるnorDは、ともに活性型NORの発現に必要とされる。これらは、一部の独立栄養細菌の炭酸固定酵素RubisCOの遺伝子下流に存在するcbbQ, cbbOとそれぞれ相同性を示した。cbbQO遺伝子は、Hydrogenophilus thermoluteolusなど、系統的に"Green-like"に分類されるタイプのRubisCOを持つ微生物に特異的に存在している。CbbQATPase活性を持ち、RubisCOの翻訳後のコンフォーメーション変化、アセンブリーなどを通して活性化に関与していると予想された。おそらく、NirQ/CbbQファミリーの因子は新規のシャペロン様機能を持つタンパク質と考えられる。

 NOは細胞にとって毒性が高く、脱窒の中間体としては微量にしか検出されない。これは、NOを放出しないように、NIRNORの活性発現が調節されているためである。nirSnirQはプロモーター領域をはさんで互いに逆向きに配置しており、亜硝酸とNOの濃度に応じて転写量のバランスが変化する。この仕組みにより、転写と翻訳後の2段階でNIRNORの活性の調整が行われていると考えられた。

 

3.NAR, N2OR遺伝子

 P. aeruginosa全ゲノム配列の結果から、NARN2ORの遺伝子構造と位置関係も明らかになった(図1、2)。本菌は、硝酸を亜硝酸に還元する2種類のNARを持っている。この反応は同化型硝酸還元と共通のため、脱窒特有とは言えないが、転写活性測定の結果から、脱窒には主に膜結合型酵素(Nar)が働き、硝酸同化にはペリプラズム酵素(Nap)が働くという使い分けをしていると考えられた。

 脱窒の最終段階のN2OからN2への還元を触媒するN2ORの遺伝子(nos genes)は、nir-nor遺伝子群とはちょうど反対側に位置していた(図1)。N2ORはペリプラズムに存在する銅含有酵素で、nosZにコードされている(図2)。nosRは膜タンパク質をコードし、転写調節に関与していると考えられているが、その役割は明確には分かっていない。nosDFYN2ORへの銅の配位に関与している。

 

4.脱窒遺伝子群の発現調節機構


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 脱窒菌はすべて通性嫌気性細菌で、酸素の存在下では好気呼吸で生育している。脱窒は酸素の代わりに窒素酸化物を電子受容体とする嫌気呼吸の一種で、その酵素系の発現は嫌気条件下、あるいは低酸素条件下に限られている。大腸菌では、好気−嫌気の転写調節因子としてFNRが知られている。FNRには鉄イオンが配位しており、その酸化還元によって不活性型と活性型の変換が起こる。FNRによって調節を受けるプロモーターには、FNR boxと呼ばれる特異的な配列(TTGAT----ATCAA)が存在し、活性型FNRがここに結合することによって転写調節が行われる。P. aeruginosaFNRに相当する調節因子ANRを持っている。P. aeruginosaの脱窒関連遺伝子のプロモーター領域にはFNR boxと類似の配列が認められ(図2)、anr遺伝子の欠損株では脱窒による生育ができず、nir, nor遺伝子の転写活性もなくなることから、当初はANRが脱窒遺伝子の直接の調節因子と考えられた。しかし、nir-nor遺伝子群中に、ANRと同じくCRP/FNRファミリーに属するが、タイプが異なる新規の調節因子DNRの遺伝子が発見され、これもnir, nor遺伝子の転写に必要であったことから、ANRDNRの関係に対する疑問が生じた。そこで、anrまたはdnrの変異株を用いて各遺伝子の転写活性を測定した結果、ANRが低酸素条件下でDNRの発現を誘導し、DNRが窒素酸化物の存在時にnir, nor遺伝子の発現を活性化するという階層的なレドックス制御系が存在することが明らかになった(図3)。さらに、nar, nos遺伝子群やhemeの生合成遺伝子もANR-DNR調節系によって制御されていることを明らかにしている。DNR様の調節因子は、Pseudomonas stutzeriDnrDParacoccus denitrificansNNRなど、他の脱窒菌からも次々と発見され、CRP/FNRファミリーの中で1つのサブファミリーを構成している。DNR依存のプロモーターは、NOを蓄積するnor遺伝子の変異株で非常に高い転写活性を示したり、NO発生剤の添加によって誘導されたりするため、DNRのセンシングシグナルはNOであると考えられる。DNRNOを感知する機構はまだ明らかになっていないが、heme bのような未同定のcofactorが存在するか、側鎖のニトロシル化などによって調節を行うと予想される。


図3 ANR-DNRレドックス調節カスケード

 
 

 

5.好気呼吸の進化的起源としての脱窒酵素系

図4 好気呼吸酵素と脱窒酵素の進化的相関

 
 脱窒は嫌気呼吸の中で最もエネルギー生産効率が良く、好気呼吸にも匹敵するほどである。両者の電子伝達系の構成が類似していることや、cytochrome cd1に酸素還元活性があることなどから、好気呼吸酵素が脱窒酵素から進化してできたか、両者が同一の起源から分化してできたと考えられている。酵素の一次構造の比較からも、これを裏付ける結果が得られている。すなわち、cytochrome aa3などの好気呼吸の末端酵素は3つの主要なサブユニット(COI, COII, COIII)からなるが、このうちCOINorBが全体的な相同性を示した。また、COIIN2ORはともに複核のCuAを持ち、その配位する部位の配列に相同性が見られた。我々が発見したnirQオペロン中にコードされる膜タンパクのNirOCOIIIと相同性を示し、好気呼吸と脱窒の進化的な相関関係を示す証拠の1つとなった。これらの結果は図4にまとめて示した。

 

 

 本研究は、主に東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻応用微生物学研究室(旧微生物利用学研究室)において行われたものであり、終始ご指導、ご鞭撻いただきました東京大学名誉教授 児玉 徹先生、東京大学教授 五十嵐泰夫先生に心から感謝申し上げます。また、研究の一部は理化学研究所微生物学研究室に在籍中に行われたものであり、工藤俊章 主任研究員に厚くお礼申し上げます。また、共同研究者の三本木至宏博士、川崎信治博士、林 信博博士、長谷川倫男氏、水谷雅之氏、ならびに応用微生物学研究室の皆様に深く感謝申し上げます。最後に、本奨励賞にご推薦下さいました日本農芸化学会関東支部長 野口 忠先生ならびに諸先生方に厚くお礼申し上げます。



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